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更新日付:2013年12月24日 / ページ番号:C009209

さいたま市立博物館の常設展示

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地下1階の常設展示室では、さいたま市域の歴史を時代ごとにたどることができる展示を行っています。

展示室案内1

 

旧石器時代のさいたま 紀元前30,000から紀元前10,000年頃

 さいたまの地に人々が暮らし始めたのは、今から約3万年前の旧石器時代です。このころは寒冷な氷河期であり、河川の流路が現在とは大きく異なっていました。石器や尖頭器などの出土品から、当時の人々が、狩猟・採集などの活動を行っていたことが分かります。

旧石器時代の展示

縄文海進・海退と貝塚
 
氷河期が終わる約140,000年前頃から、急激に気温が温暖になって各地で海水面が上昇します。これを縄文海進と呼び、各地で貝塚が形成されるようになります。埼玉県南部の低地は沈み、大宮台地は海に突き出た半島となりました。

貝塚

縄文時代のくらし 紀元前10,000から紀元前300年頃

 縄文時代の人々は、竪穴式住居に住み、食物の貯蔵や煮炊きに用いる土器や、狩猟の道具である石器や骨角器などを作って狩猟・採集生活を送っていました。さいたま市域からも、多数の土器や石器類が出土しています。

縄文時代の展示

弥生時代 紀元前300から300年頃

 今から2300年程前に、大陸から稲作や鉄器、織物などの新しい技術が伝わると人々の生活は大きく変化しました。農耕生活が始まると、人々は定住し、やがて地域を治める権力者が登場します。さいたま市域から出土した土器や鉄器、権力者の墓と考えれる方形周溝墓などから当時の様子をうかがい知ることが出来ます。

弥生時代の展示

古墳時代 300年から710年頃

 古墳は、3世紀の終わりごろ近畿地方で造られはじめ、各地で造られるようになった豪族(権力者)の墓です。古墳の内部に作られた石室や棺の中には刀などの武器や死者を祀るための鏡・玉などが納められ、墳丘には埴輪が並べられていました。さいたま市域では西部を流れる鴨川流域に多くの古墳が残されています。

古墳時代の展示

奈良・平安時代 710年から1192年

 奈良時代までには、関東地方にも現在の都県に似た「国」が置かれ、政府から任命された国司が行政を行うようになりました。国の中にはいくつかの郡が置かれ、郡ごとに役所や寺院がつくられるなど、都の文化が広まりました。
 平安時代の中ごろになると、各地を支配しようとする豪族間の対立が激しくなりました。たびたび戦いが起こり、各地に地縁や血縁で結びついた武士団が育っていきます。

奈良平安の展示

中世 1192から1590年

 源頼朝が鎌倉幕府を開いた12世紀末から13世紀の市域では、足立氏、高鼻和(高塙)氏が勢力を広げていました。14世紀から15世紀の南北朝~室町時代は一転して不安定な時代となり、市域各地で土地の所有権がめまぐるしく変動しました。
 16世紀には岩付の太田氏が勢力を増し、市域はその支配下に入ります。しかし小田原の北条氏綱(後北条氏)も武蔵国に勢力を広げ、太田氏と対立を深めたため、市域は戦国の様相を呈すようになります。
 太田氏は、永禄3年(1560年)寿能城を築城し後北条氏に備えますが、永禄7年(1564年)に太田氏は北条氏に降伏し、市域は北条氏の支配下に入ります。

中世の展示

徳川家康の関東入国から江戸時代 1590から1867年

 天正18年(1590年)、それまで関東地方を支配していた小田原の後北条氏は、豊臣秀吉によって滅ぼされました。この時秀吉方について功績を挙げた徳川家康は、豊臣秀吉に関東地方の支配を命じられ、江戸城に入りました。
 徳川家康はかつて敵地だった関東地方の支配にすばやく取り掛かり、年貢徴収のため「検地」を行うとともに、農民が信仰する寺や神社に土地を寄進し、新しい支配者の登場を印象づけました。関東地方はこの時点から、実質的に江戸時代に入ったといえます。
 その後、慶長8年(1603年)には江戸幕府が開かれ、中山道を初めとする街道の整備や治水、新田開発などが行われました。

江戸時代の展示

農家の土間
 さいたま市西区にあった、江戸時代末に建てられた農家の土間を再現したものです。

農家の土間

近現代 1868年から

 明治22年(1889年)、江戸時代以来の小村が合併し、およそ300から500戸を一町村とする町村制が施行され、浦和町・大宮町・与野町・岩槻町が誕生しました。浦和町は県庁所在地、大宮町は鉄道の町・製糸の町、与野町は地域物産の集積地、岩槻町は南埼玉郡役所が置かれるなど埼玉県東部の中心地として栄えました。
 以後、これら4町に周辺諸村が合併し、昭和9年(1934年)に浦和市、昭和15年(1940年)に大宮市、昭和29年(1954年)に岩槻市、昭和33年(1958)年に与野市が成立しました。

農作業の様子
 当時のさいたま市内の農作業風景を農具と写真パネルで辿ります。

農具の展示

 平成13年5月1日、浦和・大宮・与野の3市が合併し、さいたま市が誕生しました。平成15年には政令指定都市に移行、平成17年には東隣の岩槻市と合併し、面積217.49平方キロメートル、人口約118万人の埼玉県内一の大都市となりました。

現代の展示

さいたま市発見ルーム(郷土学習)

 見沼代用水や氷川神社などの郷土の歴史について学べます。
 ジグゾーパズルもあります。

発見ルーム

昔のおもちゃで遊ぼうコーナー

 剣玉や紙風船など、昔のおもちゃで遊ぶことができます。

昔のおもちゃコーナー

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教育委員会事務局/生涯学習部/博物館 
電話番号:048-644-2322 ファックス:048-644-2313

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