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更新日付:2014年5月28日 / ページ番号:C002645

サッカーのまち さいたま パンフレット

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サッカーのまち さいたま

1908年(明治41年)埼玉師範学校(現在の埼玉大学)に蹴球部が創設され、それから1世紀。
Jリーグ 浦和レッズと大宮アルディージャのホームタウンであり、
日本屈指のサッカーが盛んなまちとして知られている「サッカーのまち さいたま」についてご紹介します。 

ここには「本当のサッカー文化」がある       

1~2ページさいたま市は日本屈指のサッカーが盛んな「サッカーのまち」として全国的に知られ、
男女を問わず、キッズからシニア世代までサッカーを楽しめる環境があり、
市内のそこかしこで、それぞれのスタイルで
サッカーに興じる人たちの姿を見かけることができる。

また、浦和レッズと大宮アルディージャのホームタウンでもある
「サッカーのまち」は、両クラブと強い絆で結ばれている。
スタジアム内外で繰りひろげられるサポーターたちの熱烈な応援風景も、
日常的なまちの一コマだ。

サッカーは、『文化』としてこの地に根付いているのだ。 
 

~HOME TOWN URAWA~

Jリーグ開幕当初の浦和レッズは下位に低迷し、3~4ページ
1999年にはJ2に降格するなど苦杯をなめた。
しかし、2003年にJリーグヤマザキナビスコカップで優勝を果たすと、
翌年にはステージ優勝を決め、この日をずっと待ちわびていた
市民、ファン・サポーターとともに喜びを分かち合った。

その後、第85・86回天皇杯連覇、2006年のリーグ制覇で
全ての国内のタイトルを手にする。
そして2007年、Jクラブとして初めてアジアの頂点に立った
浦和レッズの存在は、このまちの誇りだ。

かつては「浦和を制するものは全国を制する」と言われたほど、
高校サッカーを中心に輝かしい足跡をしるしてきた。
これからも浦和の名はサッカー界の歴史に刻まれ続けていくだろう。 
 
 

~HOME TOWN OMIYA~ 

2004年11月20日、浦和レッズがステージ優勝を決めた同じ日、5~6ページ
大宮アルディージャが悲願のJ1昇格を果たした。
2005シーズンからJ1で初めて実現することになった
「さいたまダービー」は市民の注目を集めている。

中でも、2012年9月1日の「さいたまダービー」は、
大宮アルディージャの新たな歴史の幕開けとなった試合である。
前半11分に失点した大宮は、その後、退場者を出し、
残り70分以上を10人で戦うことになる。
しかし、前半のアディショナルタイムに同点に追いつくと、
浦和の攻撃をしのぎ切り、勝ち点1をもぎ取る。

そこから、2013シーズン第10節までの21試合負けなしという、
J1リーグ戦の連続無敗記録を樹立した。
大宮のまちにタイトルがもたらされる日がくるのも、そう遠くはないだろう。 

 

さいたまシティカップ 熱戦の記録

Jリーグ2チームを擁するホームタウンとしての特性を活かし、 7~8ページ
世界の強豪クラブチームをさいたま市に招き、
国内外から注目される国際親善試合「さいたまシティカップ」を開催している。

第1回 浦和レッズ vs  フェイエノールト(オランダ)
第2回 浦和レッズ vs  インテル・ミラノ(イタリア) 
第3回 浦和レッズ vs  FCバルセロナ(スペイン)
第4回 浦和レッズ vs  FCバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)
第5回 浦和レッズ vs  マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)
第6回 浦和レッズ vs  FCバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)
第7回 大宮アルディージャ vs  水原サムスン・ブルーウィングス(韓国)
第8回 大宮アルディージャ vs  浦和レッズ
第9回 浦和レッズ vs アーセナルFC(イングランド)
 

サッカーのまちづくり推進協議会の主な取り組み

【高校選抜サッカー選手団海外派遣】9~10ページ
協議会において最も歴史のある事業であり、
多くの市内協賛者の支援のもと実施している。
1993年の韓国ソウルにはじまり、オーストラリアへの派遣を経て、
「埼玉サッカー100 周年」を契機に2008 年からサッカー先進国ドイツへ派遣している。

【レリーフ設置事業】
浦和レッズと大宮アルディージャで活躍した選手、
歴代監督の足型・手型のレリーフやタイトル獲得等の記念プレートを作製し、
伊勢丹浦和店前及び髙島屋大宮店前にそれぞれ設置している。
行き交う市民にとって
ホームタウンであることを身近に感じられるスポットになっている。  

【サッカー指導者講習会】
市内のサッカー少年団の指導者を対象に講習会を実施し、
ジュニア世代の育成を目的に指導者のスキル向上を図っている。
ジュニア世代の育成に定評のある講師を招き、
講義と実技の2 部で構成される講習会を実施している。 

「サッカーのまち」さいたま100年の歩み
 

さいたま市は日本屈指の「サッカーのまち」である。Jリーグクラブのホームタウンとして知られるようになって20 年。
だが、それ以前から、地元チームによる全国制覇の実績も数多く、常に日本のサッカーシーンをリードしてきた。
これまで培ってきた『サッカー文化』を振り返る。

11~12ページ

・・・ 
FIFA(国際サッカー連盟)が発足した4年後の1908年、
埼玉県師範学校(現 埼玉大学)に教師として赴任した細木志朗先生が、
生徒たちにサッカーを教えたのが「サッカーのまち」の始まりだった。
細木先生の教え子たちが、地域の学校の教師となって
子どもたちにサッカーを教えるようになり、サッカーは急速に広まった。
「サッカーのまち さいたま(当時の浦和)」が形づくられた。
・・・(冒頭抜粋)

 


 

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