ページの先頭です。 メインメニューへ移動 フッターへ移動


ページの本文です。

更新日付:2018年8月23日 / ページ番号:C061089

【インタビュー】1964年、東京オリンピックを彩った、さいたま市民

このページを印刷する

東京2020大会が近づく中、大会に向けた気運醸成につなげていただくため、前回の東京オリンピックにさいたま市民がどのようにかかわったのかを発信していきます。

2020年7月24日 柴田 宗宏 様
復興をアピールする聖火リレーにしてほしい!

  埼玉県では、2020年7月7日から7月9日に聖火が通ります!そこで1964年の東京大会において、県立浦和高校の代表として聖火リレーの走者となった、柴田さんに当時の様子や、東京2020大会の聖火リレーへの思いを伺いました!

聖火リレー走者に選ばれた!

柴田氏写真1 当時、サッカー部の主将をしていたのですが、聖火リレーには、各運動部の主将が走るということで、夏休み前に招集されました。 
 国を挙げたイベントですから、周りからはおめでとうと声をかけてもらいましたが、私自身は、ユースの日本代表選手として選抜され、冬にサッカーの試合も控えていたので、少し重荷に感じていたのを覚えています。
 聖火リレーは隊列に合わせて走るので、本番まで、決められたスピードで走る練習を繰り返しました。

聖火は周囲に希望を与える!

  そして本番、10月6日か7日に走ったのですが、平日にもかかわらず、沿道の観衆の声援がとてもすごかったです。
 観衆の中には、当時交際中であった浦和一女生もいました。走ったのは、平日の日中だったので、学校を抜け出して見に来てくれたのかもしれません。改めて、それほど注目されるイベントなのだと感じます。ちなみに、現在、その彼女は私の妻です。
柴田氏写真2 最後に、裏話ですが、当時の大会運営の幹部に埼玉県出身の方がいて、開会式で 聖火台に火をつける最終ランナーの候補として、私も残していたと聞きました。
 ただ、最終的に選ばれた方は、1945年8月6日に広島県でお生まれになった方であり、戦争からの復興という当時の五輪のテーマを体現されていたので、それで良かったと感じています。
 聖火や五輪は、見る人に大きな希望や感動を与えるものです。東京2020大会も東日本大震災からの復興をしっかりと打ち出してほしいですね。

この記事についてのお問い合わせ

都市戦略本部/オリンピック・パラリンピック部 
電話番号:048-829-1023 ファックス:048-829-1985

お問い合わせフォーム

ページの先頭に戻る

イベント情報

イベント情報一覧を見る


ページの先頭に戻る