ページの先頭です。 メインメニューへ移動 フッターへ移動


ページの本文です。

更新日付:2020年6月28日 / ページ番号:C073984

与野郷土資料館展示web解説(その6)

このページを印刷する

上町・氷川神社の拝殿に有名書家の額が・・・

中央区本町東の上町・氷川神社拝殿に「正一位氷川大明神」と書かれた額が掲げられています。左側に「関思恭 拝書」とあることから、江戸時代の有名な書家・関思恭の書ということがわかります。関思恭は元禄10年(1697)水戸の生まれ。若くして江戸に出て、当代一の書家と言われた細井広沢の教えを受け、5000人もの門弟を抱えるなど書家として名声をはせた人物です。

 与野本町・氷川神社   関思恭肖像
(本町東・氷川神社の額「正一位氷川大明神」(関思恭肖像、国立国会図書館デジタルコレクションから)

寺社などの依頼で額を揮毫することも多かったらしく、今でも多くの寺社にその書を見ることができます。市内では、他には宮本・氷川女體神社拝殿に掲げられた額があります。これは、金文字で「武蔵国一宮」と大書され、左側に「東都鳳岡関思恭拝書」と記されています。

氷川女體神社額
(緑区宮本・氷川女體神社の額「武蔵国一宮」)

他県では群馬県太田市の冠稲荷神社拝殿の「稲荷大明神」額、茨城県かすみがうら市の文殊院山門「豊森山」額、栃木県大子町法龍寺の「如信上人之墓」、東京都新宿区覚園寺の「南無妙法蓮華経」塔、東京都港区亀塚公園の「亀山碑」、三重県松阪市の「忘井之道」碑、東京都台東区浅草の駒形堂「戒殺碑」などが知られ、非常に多くの作品を残しています。おそらく売れっ子の書家だったのでしょう。関思恭は特に草書を得意として「草聖」と呼ばれましたが、残されている書体を見ると、楷書や行書、隷書など何でもあるようです。

冠稲荷神社  如信上人  覚園寺
(群馬県太田市、冠稲荷神社額「稲荷大明神」)(栃木県大子町、法龍寺「如信上人墓」) (新宿区、覚園寺「南無妙法蓮華経塔」)
亀山碑 忘井之道
(港区亀山公園、「亀山碑」)                      (松阪市「忘井之道」碑)

関思恭は明和2年(1766)に没し、文京区小石川の称名寺に埋葬されました。立地条件から墓石側面の文字は判読できませんが、『遊暦雑記』によれば、「敬得院 釈則善大居士 明和二乙酉年十二月廿九日」とあるといいます。

関思恭墓
(関思恭墓、文京区小石川・称名寺) 

関思恭に関しては展示はしていませんが、「与野郷土資料館開館記念図録」で触れられています。

地図情報をスキップする。

地図情報

地図をご覧になる場合は、下記リンクをクリックしてください。(Googleマップが新しいウィンドウで開きます。)

この記事についてのお問い合わせ

教育委員会事務局/生涯学習部/博物館 
電話番号:048-644-2322 ファックス:048-644-2313

お問い合わせフォーム

ページの先頭に戻る

イベント情報

イベント情報一覧を見る


表示モード : パソコン版スマートフォンサイト

ページの先頭に戻る