市報さいたま2019年1月号
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3市報2019.1から、さいたま市の応援がすごかったと聞いています。市民の皆さんの応援には、本当に感謝しています。サッカーのまち さいたま市長 西野さんの幼い頃や、学生の頃のさいたま市のまちの印象はどのようなものでしたか。西野 まちの印象というか、本当にサッカー一色でした。当時テレビなどでサッカーの映像を見る機会はほとんどなかったのですが、小学校では休み時間になると、みんなで一つのボールを追い掛けているという環境でした。私も本当にサッカーそのものに魅せられてサッカーを始めました。  生家の近くに駒場サッカー場(現・浦和駒場スタジアム)ができた時のことをよく覚えています。また、スポーツ少年団で周りと競争できる環境もあり、さいたま市、浦和のサッカーどころに生まれてよかったなと思います。市長 今我々がいるNACK5スタジアム大宮(旧・県営大宮公園サッカー場)は、西野さんにゆかりのある場所なんですよね。西野 そうですね。ここは当時の高校サッカーの最高の舞台で、憧れの地でしたね。ここに来ると当時を思い出します。私が一番成長した高校時代のゆかりの場所です。市長 さいたまのサッカーは1908年に、埼玉師範学校に蹴球部が創設されたことが始まりで、もう110年以上の歴史になります。市民の皆さんのサッカーに対する誇りと思い入れは、本当に強いと感じますね。西野 強いですね。立派なスタジアムがいくつもあり、国際試合が開催され、さらにJリーグのクラブが2つもあり、皆さんの目が肥えていますね。市長 かつては高校サッカーの強豪地域、サッカー王国という感じでしたし、今では浦和レッズと大宮アルディージャという2つのチームが活躍するまちでもありますね。西野 2つもあるというのは本当にすごいまちだと思います。市長 そうですね。また、Jリーグなどで使用されるスタジアムも3つありますし、政令指定都市の中でもかなり恵まれていると思います。地元で戦う緊張感市長 西野さんがJリーグの監督の頃、埼玉スタジアム2◯◯2、浦和駒場スタジアム、そしてNACK5スタジアム大宮での試合には、何か特別な想いがありましたか。西野 学生時代からゆかりのあるNACK5スタジアム大宮はもちろんですが、埼玉スタジアム2◯◯2、浦和駒場スタジアムに来ると、地元で戦うという緊張感に包まれますね。市長 いろいろと刺激にもなりますね。西野 さいたま市に来ることは、本当に強いモチベーションになります。市長 サポーターの応援がすごいということでも、全国に名がとどろいています。西野 チーム力が上がっていくと、サポーターの応援も洗練されて、応援の仕方もいろいろと変わってきます。▲埼玉サッカー発祥の地の碑

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