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市立病院発の『急性心筋梗塞の新しい治療法』

 急性心筋梗塞の治療は、一刻も早く閉塞した冠動脈(心臓の筋肉を栄養する動脈)をカテーテル治療で再開通させることです。私どもはそのために、365日24時間体制で、直ちに急性心筋梗塞のカテーテル治療を実施できる体制を早くから整えてまいりました。しかし、早く治療を開始するだけでは克服できない重大な問題が、急性心筋梗塞の治療には内在していました。それは、再灌流傷害の問題(後で説明)です。私どもはこの問題を世界に先駆けて、極めて安全かつ簡便な手法で克服し得る方法を開発し、既に多くの患者さんの治療に取り入れ、大変すばらしい成績を収めております。その成果は国内のみならず、世界に向けて現在発信中です。その詳細につきまして、ここでご紹介させていただきます。

 再灌流傷害という言葉は聞き慣れない言葉と思いますが、急性心筋梗塞を発病された患者さんにとっては大変重要な問題です。なぜならば、再灌流傷害のために、現行の急性心筋梗塞のカテーテル治療の効果が限定的となっているからです。再灌流傷害は、急性心筋梗塞のカテーテル治療に伴っておこる大変厄介な問題なのです。急性心筋梗塞の患者さんの心臓では、一部の心臓の筋肉への血流が途絶して、時々刻々とその心臓組織の中で細胞死へのプロセスが進んでゆきます。このプロセスを出来るだけ早期に断ち切って、血流の再開により瀕死の細胞を生還させることが、急性心筋梗塞のカテーテル治療の最大の目的になります。しかし、そこには大きな落とし穴が待ち構えています。血流が途絶し、瀕死の状況で血流再開を待っている心臓の細胞への急激な血流の再開は、逆にそれら細胞の多くを一気に死滅させてしまうのです。ひどい場合には、その領域の半分以上の心臓の細胞が、この血流の再開に伴う細胞傷害で死滅してしまいます。これが再灌流傷害と呼ばれる現象です。非常に逆説的でわかりにくい現象ですし、治療法自体がこれまで無かったことから、一般に報道されることはありませんでした。無視されてきたと言っても言い過ぎではないかもしれません。しかし、この問題は極めて重要な問題です。なぜなら、急性心筋梗塞のカテーテル治療の際に、どれだけ多くの心臓の細胞を救うことが出来たかで、その後の患者さんの寿命が決定づけられてしまうからです。多くの心臓の細胞を急性心筋梗塞の際に細胞死で失ってしまえば、心臓の残った筋肉の細胞が、その後の患者さんの人生において、今まで以上に頑張ってより多くの仕事をして支えていかなければなりません。それは、心臓が全身に血液を送るたった一つのポンプだからです。残った心臓の細胞が少なくてその役目を十分に果たせなければ、心不全という状態に陥り、それがひどくなれば生命が危険にさらされます。逆により多くの心臓の細胞が生き残れば、その後の患者さんの人生の中で、それほど大きな負担がそれぞれの心臓の筋肉の細胞にかからずに済みます。心不全にもなりにくいということです。私どもは、すべての患者さんでそうした状態が得られることを願って、新しい治療法を開発しました。それが、乳酸加ポストコンディショニングと、私どもが命名した新しい治療法です。

 この治療法は、急性心筋梗塞の心臓カテーテル治療の際に実施して、再灌流傷害によって細胞が死滅してゆくことの無いようにすることを意図して考案された、再灌流傷害そのものに対する治療法です。すなわち、再灌流傷害を未然に防ぎ、できるだけ多くの心臓の細胞を生還させるために、急性心筋梗塞のカテーテル治療の際に、今までの治療法に加えて同時に実施する方法なのです。この方法では、何も特別な薬剤は使用しません。使用するのは、点滴で用いられる乳酸加リンゲル液のみです。乳酸加リンゲル液は薬剤ではありませんから、副作用などありません。乳酸加リンゲル液を冠動脈内に注入しつつ、断続的に冠動脈の血流を再開するという極めてシンプルな操作を、急性心筋梗塞のカテーテル治療の際に最初に実施します。この単純な操作を正味12分弱加えるだけで、患者さんの心臓に及ぶ血流再開に伴うさまざまな悪影響が取り除かれることを我々は確認し、多くの学会や論文で既に報告してまいりました。解り易く言えば、この治療法は激変緩和策です。血流再開に伴う心臓の組織内環境の激変を緩和するための措置なのです。消費税増税の際に、5%からいきなり10%に上げずに、間に8%を挟んだのと同じことです。環境激変は、命あるものにとって、いかなる場合にも好ましいものではありません。急性心筋梗塞の患者さんにおいてはなおのことです。

 これまでの私どもの150例を越える治療経験から、この正味12分弱の簡単な操作を急性心筋梗塞の患者さんのカテーテル治療の際に加えることで、患者さんのその後の生命予後(平易に言えば余命)の改善も十分可能になると、私どもは今期待を高めています。実際、この新しい治療法を受けた患者さんでは、心不全の指標となる血中NT-proBNPの慢性期の値が、従来の方法で治療された患者さんのその値と比べて、大幅に低下していることを私どもは既に報告しています(Cardiology2020;145:199-202)。この治療法につきましては、これまで何度か市民公開講座で詳しくお話させていただきましたが、今後もそのような機会をできるだけ多く持ちたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さいたま市立病院
副院長 小山 卓史

乳酸加ポストコンディショニング治療に関する発表一覧

学会発表(国内)

第60回日本心臓病学会学術集会(2012, 金沢)一般演題
第6回日本血管血流学会・第12回日本AS学会合同学術集会(2012, 東京)特別講演
第61回日本心臓病学会学術集会(2013, 熊本)一般演題
第78回日本循環器学会学術集会(2014, 東京)一般演題
第23回日本心血管インターベンション治療学会学術集会(2014, 名古屋)
パネルディスカッション『AMI-PCIに残された課題』
第79回日本循環器学会学術集会(2015, 大阪)
シンポジウム『急性冠症候群の最先端の治療−基礎と臨床−』
第63回日本心臓病学会学術集会(2015, 横浜)
シンポジウム『急性冠症候群の診療の進歩〜さらなる予後改善に向けて〜』
一般演題 2演題
第80回日本循環器学会学術集会(2016, 仙台)
プレナリーセッション『20年後の冠動脈疾患の治療』
第25回日本心血管インターベンション治療学会学術集会(2016,東京)
シンポジウム『急性冠症候群の予後改善のためのアプローチ』
第63回日本不整脈学会学術集会(2016,札幌) 一般演題
第26回日本心血管インターベンション治療学会学術集会(2017,京都)
シンポジウム『10年度のインターベンション』一般演題1演題
第65回日本心臓病学会(2017,大阪)シンポジウム『虚血性心疾患と微小循環障害』
Cardio-Thoracic Surgery 2018(Osaka)
第83回日本循環器学会学術集会(2019,横浜)一般演題
17thAnnual Congress of International Drug Discovery Science & Technology(2019,Kyoto)Oral presentation
第67回日本心臓病学会学術集会(2019,名古屋)一般演題
第56回日本臨床生理学会(2019,大宮)埼玉IVCセッション

学会発表(国外)

American Heart Association scientific sessions 2012 (Los Angels)
   Abstract presentation
American College of Cardiology scientific sessions 2014 (Washington, DC)
   Abstract presentation
American Heart Association scientific sessions 2015 (Orlando)
   Abstract presentation
Ischemic conditioning/ reperfusion injury meeting in Barcelona(2016)
   Abstract presentation
EuroPCR2017(Paris)
   Presentation in CV Innovation Pipeline session
22nd World Congress on Heart Disease (2017,Vancouver)
   Abstract presentation
The 12 nd International Congress on Innovation in Coronary Artery Disease(2017,Venice)
   Abstract presentation
EuroPCR2018(Paris)
      Abstract presentation

論文発表(邦文)

呼吸と循環(医学書院)2012;60:1069-73.(Current Opinion in Cardiology)
ハートナーシング2013秋季増刊号(メディカ出版)急性心筋梗塞パーフェクトブック: p24-32.
循環器レビュー&トピックス(医学書院): p65-70.
Coronary intervention2016;12:92-5.
心臓 2019;51:878-81.
日本臨床生理学会雑誌 2020;50:109-112.

論文発表(英文)

Cardiology 2013;125:92-3.
IJC Metabolic & Endocrine 2014;2:30-4.
International Journal of Cardiology 2014;177:492-3.
International Journal of Cardiology 2015;182:77-8.
International Journal of Cardiology 2015;198:51-2.
International Journal of Cardiology 2016;202:282-4.
Atlas of Science (web page), Layman’s summary.
International Journal of Cardiology 2016;220:146-8.
International Journal of Cardiology 2016;222:780-1.
IJC Heart&Vasculature2017;15:1-8(review) 
International Journal of Cardiology 2019;275:36-8.
Cardiology 2019;142:79-80.
Journal of Visualized Experiments 2019;147:e59672.
Cardiology 2020;145:199-202.

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