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更新日付:2018年10月1日 / ページ番号:C003389

西区の沿革(西区略年表)

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辻の庚申塔

平成15年4月にさいたま市が政令指定都市へ移行したことに伴い、西区は誕生しました。明治22年の町村制施行当時、今の西区域は指扇村・馬宮村・植水村と日進村の一部(宮前町)及び三橋村の一部(三橋5・6丁目)で構成され、昭和30年の大宮市との合併まで、指扇・馬宮・植水の3つの村役場がありました。現在はそれぞれが支所となり(指扇支所は西区役所開設と同時に廃止)、区民のみなさんの身近な窓口として利用されています。

西区略年表
西暦年 元号年 出来事
1889 明治22 4 町村制施行
 指扇村、馬宮村、植水村、
 日進村(上内野村・内野村)
 並木村(下内野村)
1894 27 12 荒川に旧上江橋架設
1906 39 4 大宮~川越間に川越電気鉄道開通
1910 43 8 まれに見る大洪水により荒川氾濫
1926 大正15 9 大旋風(大竜巻)が指扇村を襲う
1933 昭和8 1 西武鉄道が大宮~川越間に乗り合い自動車の運行を開始
1934 9 7 治水橋竣工
1940 15 7 川越線全線開通、指扇駅開設
11 大宮市誕生
1955 30 1 指扇村・馬宮村・植水村を大宮市に合併
1957 32 3 荒川に上江橋(有料)が開通
1971 46 3 新大宮バイパス開通(上下2車線)
4 老人福祉センター西楽園開園(現:健康福祉センター西楽園)
1981 56 4 西遊馬公園全面完成
1983 58 4 心身障害総合センターひまわり学園開園(現:総合療育センターひまわり学園)
1985 60 9 大宮~池袋間に埼京線開通、川越線電化
1990 平成2 12 西部文化センター開設
1993 5 2 西部環境センター開設
5 三橋総合公園屋内プール開設
1998 10 10 西大宮バイパス供用開始
11 大宮西部土地区画整理事業施行開始
2000 12 10 大宮花の丘農林公苑完成
2001 13 5 さいたま市誕生
2002 14 5 馬宮コミュニティセンター開設
2003 15 4 さいたま市西区誕生、西区役所開設
西区コミュニティバス運行開始
2009 21 3 市民医療センター開院
西大宮駅開設
2010 22 3 上尾道路供用開始(暫定2車線・宮前町~上尾市小敷谷)
2011 23 1 区の花アジサイ制定
2012 24 12 西大宮駅~アルディージャ練習場間道路愛称を「アルディーロード」に決定
2013 25 1 大宮アルディージャ練習場・クラブハウス(オレンジキューブ)完成
2014 26 3 指扇駅北口・南北自由通路供用開始
4 内野公民館開設
2015 27 5 指扇駅北口駅前広場供用開始
2016 28 4 上尾道路宮前ICから圏央道桶川北本ICまで完成
2017 29 2 西区コミュニティバス二ツ宮地区延伸本格運行
西区指扇地区乗合タクシー本格運行
3 首都高速道路延伸着手(与野JCT~上尾市堤崎)
10 「O・F(大宮・二ツ宮)パークゴルフ」オープン
11 大宮西部土地区画整理事業竣工により町名地番変更(西大宮1~4丁目)
2018 30 4 宝来グラウンド・ゴルフ場開設

【道路】

鎌倉時代から江戸時代の頃までは、川越と岩槻といった城下町を結ぶ川越道・岩槻道が軍事上の主要道となっており、東西に走る道が盛んに使われていました。また、上尾や与野への道は、日常生活や物資の輸送に多く利用されました。
しかし、江戸時代の後半から明治・大正の頃になると、それまで使われていた道に加え、与野を抜けて東京へと向かう与野道や、大宮駅へ至る道が整備され、現在使われている道の原型が作られました。道幅は主要道路を除くと荷車がすれ違うのがやっとの所もあったようです。 
現在は、国道17号新大宮バイパス、国道16号西大宮バイパス、上尾道路、県道上野さいたま線が交差する、さいたま市の道路交通の要衝となっています。
新大宮バイパスは、国道17号の混雑緩和を図るため、平成7年に全線が開通しました。一方、国道16号西大宮バイパスは、一部区間が高架橋として建設され、平成10年に全線が開通しました。また、上尾道路も平成22年から一部供用を開始し、平成28年に圏央道桶川北本ICまで完成しました。
平成29年3月31日、国土交通大臣からの事業変更許可により、首都高速が国道17号「新大宮上尾道路」の事業に正式に着手することとなりました。事業区間は、首都高与野ジャンクションから上尾市堤崎までの延長約8キロメートルで、「新大宮バイパス」と「上尾道路」の上空に、完成4車線の高架道路が建設されます。
この道路が完成すると、さらに東京都心への交通アクセスが向上するとともに、国道17号「新大宮バイパス」における交通事故の削減や渋滞の緩和などが期待されます。

【鉄道】

川越線

大宮から川越間には明治28・29年頃から乗合馬車が運行されていました。交通機関が他にないため、利用客も多かったようですが、明治39年4月、ほぼ同じ路線を走る路面電車(チンチン電車)が開通したことに伴い、次第に客足が落ち、明治40年5月に営業を停止しました。
県下初となったチンチン電車は、昭和15年7月の国鉄川越線開通の前日まで運行されていましたが、その使命を終え、同年12月に廃線となりました。
昭和6年の満州事変勃発後の軍事情勢の変化により、東京の鉄道機能がマヒした場合に備え、東北・信越地方と中部・東海地方を結ぶ交通ルートを確保する必要性が生じ、大宮から高麗川間に川越線建設計画が持ち上がり、昭和15年7月22日に開通しました。指扇駅もこの際に設置されています。当時は石炭ではなく、豆炭を焚いた蒸気機関車が走っていましたが、その後気動車に代わり、昭和60年9月の埼京線の開通を機に電化されました。
また、指扇駅と北区の日進駅の間は約4キロメートルの距離があり、地元より新駅設置の要望がだされていましたが、周辺地域の区画整理事業の着手もあり、平成21年3月に西大宮駅が開設されました。
その後指扇駅は、平成26年3月に橋上化による北口を開設し、平成27年5月には北口駅前広場が完成しました。

【地名の由来】 

指扇(さしおうぎ)
「サシ」は日向地・傾斜地、「オギ」は崖・湿地の意味があり、湿地に続く傾斜地・日向地の「サシオギ」から名づけられました。

宝来(ほうらい)
かつては大雨の際にたびたび出水する草原だったこの地を開墾し、村として独立させた領主が、新村の前途を祝して嘉名をつけました。

中釘(なかくぎ)
古くは「中茎」という文字が使われていました。クキは山・丘・自然堤防などの小高い所をさします。

二ツ宮(ふたつみや)

氷川神社、八幡神社の二つの「宮」が同じ境内にあるところから名づけられました。

土屋(つちや)
鎌倉期に質屋業を営んだものをさす土蔵(土倉)から起こりました。中世の土倉は金融関係を示す語であることから、荒川の開発に携わった在地土豪がいたのかもしれません。

水判土(みずはた)
「ミズハタ」は水畑の意味で、水田をさしていると考えられ、荒川の低地に位置する肥沃な場所で稲作に適していることから名づけられたのでしょう。

三条町(さんじょうまち)
大化の改新の際、土地を公有化し、農民に耕作させた区画の地割りのことを「条里」と呼んだことに由来し、3条にあたる部分が今の三条町です。

三橋(みはし)
鴨川に架する大橋・藤橋、切敷川に架する石橋の三つの橋が地内にあったことから名づけられました。

この記事についてのお問い合わせ

西区役所/区民生活部/コミュニティ課 企画係
電話番号:048-620-2620 ファックス:048-620-2671

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